コンピュータを用いた人間の挙動のシミュレーションは、その理想に近づけるために、多大な労力を費やす。 それでいて、現行のPCM系シンセサイザでは所詮シンセサイザの音にとどまってしまう。
昔のように、趣味ユーザーが共通の音源を用いてMIDIデータをやりとりして楽しむという光景は無くなってしまったように思える。DAWで吐き出されるデータは、個々の環境に応じたセッティングでのみ再現されるものであって、あくまでも流通の手段ではない。 メインストリームのメディアはmp3などの波形という最終形態だ。
最近は波形の編集がPC上で容易に行えるため、音楽製作に新しいアプローチが出てきた。 録音で人間らしさが出るというのは、完成度の意味でかなり敷居が高い作業だということは前提なのだが、これもまた、波形編集とミックス従事者の技術により、本来生活している周辺にあふれている音そのものすら聴けるものにできてしまう。 これはすごいことだ。
これからは、趣味としてコンピュータミュージックを楽しむ人間にしても、録音・ミックス作業が趣味にしても付きまとっていくだろうし、そこは挫折もかなり多い領域であると思う。 趣味として音楽を楽しむことが敷居の高い部分にいったような気がする。
その流れで、シンセメーカーはMIDIに対する情熱を失ったように思える。昔はGS、XGと各社企画を打ちたて、標準をめざしたが、コンピュータミュージックというものの定義が広がったために、底辺のMIDI規格以外、それを継承拡張したものは、「個性」としか認識されなくなった。 シンセメーカーに求められているものは、共通化される規格から、個性へとシフトしている。
ハードウェアはどんどん個性的なものが出てきていて、概念がハードウェアごとに多種多様である。 そこにまだつなぎとめられている共通の規格がMIDIである。
今、あえてそこに焦点を持っていくのは面白いと思う。 むしろ、昔のように流通するための規格ではなく、制御するツールとしてMIDIを考えたとき(本来ある姿なのだが・・・) まだ10年は発展の可能性があると思う。
MIDI端子さえついていれば、どんな機械も制御できるのは当たり前だが、どんな電子楽器もこの規格を受け付けるなんて、すごいことだ。 こういう世界、真の意味での標準っていうのはなかなか見当たらない。
最近の高級オーケストラライブラリなどは、実演と聞きまごう完成度でびっくり。